キラルスキップジエン構造を高い不斉収率で直接合成に成功 ー効率的な医薬品?天然物の合成に寄与ー
キラルスキップジエン構造を高い不斉収率で直接合成に成功
効率的な医薬品?天然物の合成に寄与
1,4-ジエンは二重結合と二重結合の間にメチレン炭素を含む非共役なジエンであり、スキップジエン(注1)と呼ばれます。このメチレン炭素に置換基が1つ導入された非対称なキラル(注2)スキップジエン構造は、抗菌剤や抗がん剤などに広く見られる構造ですが、合成が難しく、合成に多段階を要したり、全合成のための部分構造(合成ビルディングブロック(注3))としては拡張性に乏しいことが課題でした。国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授の研究チームは、ホウ素置換された共役ジエンとアルケンの間で炭素―炭素結合の形成と水素移動による直接的カップリング反応を行うことにより、反応から廃棄物を出すことなく、ホウ素置換基を有するキラルスキップジエンを高い不斉収率で効率的に合成することに成功しました。ホウ素置換基は炭素―炭素結合の形成に利用可能であるため、これらの分子はキラルスキップジエン合成ビルディングブロックとなります。これにより、より効率的な医薬品や天然物合成への道が拓かれます。
本研究成果は、カナダ化学会Canadian Journal of Chemistry誌(4月1日付電子版)特集号に招待論文として掲載されました。
論文名:Ru(0)-Catalysed enantioselective synthesis of chiral borylated skipped dienes
URL:https://cdnsciencepub.com/doi/abs/10.1139/cjc-2024-0229
DOI:10.1139/cjc-2024-0229
現状
スキップジエン構造は二重結合の間に非共役な炭素を含むため、共役ジエンに比べて合成が格段に難しく、非共役炭素が不斉炭素原子(4種類の異なる原子又は分子が結合している炭素)となっているキラルスキップジエンの合成はさらに困難です。しかし、この構造を有する生物活性分子は多く、医薬品や天然物に多く見られる構造です。図1にはキラルスキップジエン構造を有する代表的な抗真菌活性や抗がん活性(抗腫瘍活性)を示す天然物の構造を示しました。キラルスキップジエンの自然界における生合成経路はいまだに不明な点も多く、これらのキラルスキップジエン構造の合成には、これまでも多くの挑戦がなされてきた。例えばアイルランド?クライゼン転位とジュリア反応による不斉移動を伴う構築法(図2a)1、不斉ヒドロホルミル化と高井?内本反応による構築法(図2b)2、グリニャール試薬を用いた不斉メチル化反応による構築法(図2c)3、不斉アルケニル付加(図2dおよびe)4,5、不斉ヒドロアリル化反応による構築法(図2f)6ならびに不斉アリルホウ素化による構築法(図2g)7などが開発されてきました。これらはいずれも特徴のある反応ですが、出発原料としてキラル分子を準備する必要がある、原料の調製も含めて多段階反応となる、または末端がビニリデン構造となるため拡張性に乏しいことなどが課題でした。


研究体制
本研究は、新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学府 内野匠(修了生)、白石志保(修了生)、清田小織技術専門職員、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教ならびに平野雅文教授により行われました。本研究はJSPS科研費JP24K01479の助成を受けたものです。なお、単結晶X線構造解析では本学機器分析施設 野口恵一教授のご協力を得ました。
研究成果
一般に不斉の構築には結合の形成が必要であり、例えば2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治先生らの不斉水素化では、炭素―水素結合の形成により不斉構築がなされ、香月 勗先生やバリー シャープレス先生らの不斉酸化反応では炭素―酸素結合の形成により不斉構築されます。これまでに当研究グループでは、反応からは廃棄物が発生しないグリーンな炭素―炭素結合の形成による不斉構築の研究を進めており、キラル0価ルテニウム錯体触媒を独自に開発しています8。今回は配位子自体もグリーンな「森の香り成分」である酢酸ボルニルから合成したキラル環状ジエンを配位子とした独自のルテニウム錯体を触媒に用いました。この触媒の存在下、ホウ素化ペンタジエン2aとアクリル酸メチル3aの反応では、下図の式1に示したように形式的にアクリル酸メチル3aの末端炭素―水素が2aにエナンチオ選択的に1,4-付加した生成物4aaを95%の収率で与え、炭素―炭素結合の形成により不斉構築がなされたことになります。さらにその鏡像体過剰率(注4)は97% eeと非常に高いことが明らかとなりました。炭素―炭素結合の形成により不斉構築をすることは現代においても困難なことですが、この反応は当研究グループが錯体触媒として世界ではじめて成功したアルケンどうしのエナンチオ選択的鎖状交差二量化を9、ホウ素化共役ジエンとアクリル酸メチルに適用した例となります。反応収率や鏡像体過剰率はいずれも極めて高いため、キラルスキップジエンの直接的で強力な合成法となりえます。また、この方法は付加反応であるため、反応からは廃棄物が発生しないことも特徴の1つです。
なお、論文中では各種ホウ素化共役ジエンとアルケンを用いたエナンチオ選択的反応(注5)の実施例を多数示すとともに、単結晶X線構造解析による絶対配置の解明、ならびにこの反応の機構解明についても触れられています。

参考文献
1)Kande, A. S.; Fujii, Y.; Mendoza, J. S. J. Am. Chem. Soc., 1990, 112, 9645.
2)Liu, P.; Jacobsen, E. N. J. Am. Chem. Soc., 2001, 123, 10772.
3)Huang, Y.; Fa?an?s-Mastral, M.; Minnaard, A. J.; Feringa, B. L. Chem. Commun., 2013, 49, 3309.
4)Gao, F.; McGrath, K. P.; Lee, Y.; Hoveyda, A. H. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 14315.
5)Hamilton, J. Y.; Sarlah, D.; Carreira, E. M. J. Am. Chem. Soc., 2014, 135, 994.
6)Xu, G.; Zhao, H.; Fu, B.; Cang, A.; Zhang, G.; Zhang, Q.; Xiong, T.; Zhang, Q. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 13130.
7)Rivera-Chao, E.; Mitxelena, M.; Varela, J. A.; Fa?an?s-Mastral, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 18230.
8)Hirano, M.; Machida, S.; Abe, R.; Mishina, T.; Komine, N.; Wu, H.-L., Organometallics, 2021, 40, 3370.
用語解説
(注1) スキップジエン
2つの炭素―炭素二重結合の間にメチレン炭素など非共役な炭素をはさむ1,4-ジエン構造。抗がん活性、抗菌活性、RNAポリメラーゼ阻害活性などを有する生物活性天然物に多くみられる構造である。
(注2) キラル
対称心を有さない鏡像異性。例えば野球用の左手用グローブは右手にはめることができないが、これは、右手と左手が鏡像関係にあり、右手と左手が同じではないことに由来する。生物は片方の鏡像異性体からなるアミノ酸により構成されているため、医薬品などもそれぞれの鏡像異性体では生物活性が異なることが一般的である。
(注3) 合成ビルディングブロック
巨大な分子を合成する際に、分子をブロックごとに分割して組み立てていく合成法が一般であり、それぞれの部品を合成ビルディングブロックとよぶ。
(注4) 鏡像体過剰率
不斉触媒を用いることで片方の鏡像体をつくりだすことができる。片方の鏡像体がA%、その鏡像体がB%の混合物として生成した場合には、(A – B)/(A + B)の値を鏡像体過剰率とよびenantiomeric excessの省略で「% ee」で表す。例えば不斉反応でない反応では2つの鏡像異性体が等量ずつ生成するため鏡像体過剰率は0% eeであり、Aが98.5%、Bが1.5%生成する反応では97.0% eeとなる。
(注5) エナンチオ選択的反応
片方の鏡像異性体のみを合成するためには、原料が片方の鏡像異性体であるか、触媒自体が片方の鏡像異性体(不斉触媒)である必要である。原料として鏡像異性体を用いる反応も不斉反応の1つではあるが、その原料をどのように入手するかが課題となる。一方で、反応により片方の鏡像異性体を生み出す反応をエナンチオ選択的反応とよび、不斉触媒により、触媒の物質量の何十倍、何百倍も鏡像体を製造することができるようになる。このように不斉触媒は自然界の酵素のような役割を果たす物質であり、今回は炭素―炭素結合をエナンチオ選択的に不斉構築できる独自の触媒を用いたことが成功の鍵となった。
◆研究に関する問い合わせ◆
新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学研究院
応用化学部門 教授
平野 雅文(ひらの まさふみ)
TEL/FAX:042-388-7044
E-mail:hrc(ここに@をいれてください)cc.wxanhx.com
プレスリリース(PDF:536.7B)